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パパと私

不倫をしちゃったパパだけど、今は普通に暮らしています。

パパを支えていく覚悟

今のこと

 「パパには私がついていないと。。。」

 今回は、そう強く思った時の話を書きます。

 

パパは私と結婚してから、今まで大きな病気を一度もしていません。

何年かに一度風邪をひいて寝込むことはありますが、それ以外の病気にはなったことがなかったんです。

それは、本当に有難い事だと思っています。

そんな健康なパパですが、数年前、一度だけ救急外来に駆け込んだことがあるんです。

その時、私はパパの介護をすることを覚悟しました。

 

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 ある日曜日の昼下がり、パパが用事を済ませて家に帰ってきました。

私はいつものように「おかえりー」と玄関の方に向かって声を掛けました。

でも、いつまで経ってもパパがリビングに入ってきません。

不思議に思った私が玄関に行くと、そこにはうずくまっているパパがいました。

私は驚いて、「どうしたの?!」とパパに聞きました。

 

「気持ちが悪くて、今車の中で吐いた・・・。フラフラして真っ直ぐ歩けないんだ・・・。」

 

私は、咄嗟に脳の病気だと思いました。

何故なら、自分の母親も同じ症状で病院に行き、脳出血だと診断されたからです。

母は幸いにも体の麻痺がなく、少し言葉が不自由なだけでしたが、脳出血を起こした多くの人は体に麻痺が残ってしまうほど怖い病気です。 

 そういう知識があった私は、すぐにパパを病院に連れて行きました。

その時タクシーで病院に向かいましたが、パパの容態を見た受付の方がすぐに診察に回してくれました。

 

診察室に入る時も、私が支えていないと歩けない状態のパパでした。

私は、怖いのと悲しいのとで涙が出てきました。

泣いている場合じゃなかったけれど、もし脳出血だったらと思うと、パパのことが可哀想でならなかったのです。

MRIを撮り、点滴を受けながら診断を待っている間、私はパパの手を握り続けました。

きっと、私以上に不安だと思ったから。

パパもまた、私の手を握り返してくれていました。

「あぁ、パパも怖いんだ。。。」

私はそう思いました。

そして、「この人に何があっても、自分が全部支えていこう。」そう決心したんです。

その時は、完全に脳の病気だと思い込んでいたので。

 

結局、医師の診断は脳の病気ではなく、耳の中の耳石がずれて生じる眩暈と吐き気で、一過性のメニエール病のようなものでした。

翌日に耳鼻科の診断を受けた時は、私の支えが無くても歩けるほどパパは回復し、本当に心からホッとしました。

 その翌日には会社にも行けたぐらいで、あの大騒ぎは何だったの?とこちらが呆気に取られるほどでした。

でも、それだけで済んで本当に良かったと思います。

もう一つのブログにも書いていますが、健康でいられるということは当たり前のことではないんですよね。

 

パパには、これからもずっと元気でいてもらいたい。

心から、そう思っています。

 

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初めから読みたいと思ってくれた方は、こちらの初回エントリをどうぞ。

不倫が変えた私の生き方 

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もう一つのブログ 

今思うこと ~不倫について~ 

今のこと ~不倫の先にある未来~ 

自殺をした私を、見つめていた私。


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